いわて漆物語 はじまりの森

うるしびとの森

 

器をつくったその先にずっと続く物語がある

塗師 岸田奈津希
漆を塗っているところ

 漆はとても繊細です。時期により、その日の天候により、気温や湿度の影響を受けて、微妙に状態が変わるからです。「今日の続きをやろうとしても、明日の気温や湿度は違う。同じ状態の漆にするための調整がとても難しい」と、塗師の岸田奈津希さんは話します。しかも、漆を保管している樽によって、粘度やツヤ、乾きの速度が違うため、あらゆる点のバランスを見ながら、理想の漆を作り出さなければなりません。
 「基準となるのが、刷毛目が残らないような状態。いろいろな漆を組み合わせながら、硬さや粘度、ツヤを調整するんです」。塗師として様々な漆に触れますが、なかでも浄法寺漆は「さらっとして刷毛目が消えやすく、しっとりとしたツヤがある」と岸田さん。それぞれに個性があり、均一に扱えない難しさも、漆の面白さだといいます。
 いくつもの手間をかけて丁寧に仕上げられる漆器ですが、安比塗で作られるのは「生活の器」がメイン。「器を作って完成ではなく、使われることで仕上がっていくのが、漆器の魅力だと思います。使い手の暮らしに漆器が溶け込み、日々の積み重ねが器を育てていく。その物語の一端に加われることが幸せです」。暮らしの中で使われる喜びを、それぞれの食卓から広がる風景を、塗師になってから意識するようになったという岸田さん。
 「他の器と違い、漆の質感やツヤは異質なもの。でも、とても美しいもの。生活の一部でありながら、絵のような佇まいを持った漆器をつくることが理想です」。漆器があることで、暮らしに豊かな時間が広がるように。そんな願いを込めて、一つひとつの器に向き合っています。

塗師 岸田奈津希
プロフィール

埼玉県出身。東北芸術工科大学を卒業後、弘前のギャラリーに勤務。同世代の職人に出会ったことをきっかけに、この世界に興味を持つ。塗師を育成する安代漆工技術研修センターで2年間、研修生として学んだのち、さらに自分の技術を磨くため安比漆器工房へ。塗師として、暮らしに寄り添う漆器を創り出している。

漆の掻き傷 漆の掻き傷